農政に携わる大臣は、最低でも農業を3年以上やってからでないと駄目、という決まりが欲しい、といった事を書きました。で、どうして自分の中にそうした考えが生まれたのかと思ったら、小6の時の同級生男子の影響だな、と。
ダイヤル式の黒電話すらまだ殆どの家になかったあの時代、生徒が学校を休む時は登校する同級生に託けるのがお約束でした。
そして春先になると、小学校中学年以上は田植えの手伝いで学校を休むのがごく当たり前に認められていました。何故って、大半の生徒の親は出稼ぎに出ていて家には居らず、帰ってくるのは盆と正月の休み数日だけでしたから、当然田畑で農作業するのも子供の世話も、老いた祖父母の役目だったのです。
そんな環境でしたから、子供は「学校行って遊ぶ暇があったら家で働け」と言われてました。今だと信じられないかもしれませんが、田植え時と稲刈りの際は学校を休んで働かなければいけない、そんな時代があったんです。田んぼも畑も持たず、1年中両親と暮らしている私は、かなり肩身の狭い思いをしましたね。代わりにせっせと給食のパンをわら半紙に包んで、休んだ同級生の家に届けていましたが。
まあそんな状態なので、土の匂いや乾燥した草、藁の匂いが教室に漂う事には慣れていました。でも、1人の男子からだけは、それらと違う臭いがしたのです。
私の疑問顔に気づいた彼は、ニヤッと笑って言いました。「ベゴの臭いだ。くさいだろ」と、誇らしげに。聞けば彼は毎朝、家畜である牛の世話をしてから学校に通っていたそうです。田植え時や稲刈りの時だけの手伝いと異なり、牛の世話は1年365日、休みがありません。
小学生でそれをこなしている彼は、子供だけどいっちょまえの責任を背負い、それを果たしている自信を持っていました。
その彼の夢が、政治家になることだったんです。「日本を安心して農業ができる国にしたい。その為にも早く大人になりたい」と。
……現在の日本で政治家になりたいと語る小学生、いるでしょうかね。まして早く大人になりたいと願う子供は皆無では……。
高校生の段階で、政治家として立候補する為にはかなりのお金を納める必要があると私は知りましたが、彼は何時頃知ったでしょう。「そんな金があったらべごの餌買うわ」と笑ったでしょうか。思い出すたび、気になるのです。
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