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久遠の日々徒然

同人とか小説とか映画とか日常とか(^-^)2007.9.15設置♪

半年に1回は検査受けなきゃならなかったのに☆
 ……気がつけば半年以上経過してました。
 あああ、週に1日休みがあるかないかの職場環境が病院通いを許してくれないーっ☆
 眼科行かなきゃまずいよね。
 眼底出血悪化してたらやばいどころの話じゃない。あうあう。
 けど、眼科行くとそれで休みが1日潰れるから……皮膚科と婦人科と内科と整骨院と歯科は次の機会に……で。
 んーっ、次の機会っていつなんだ?
 婦人科はもう1年半以上行ってないような……。
 皮膚科もそろそろ薬がきれるから、行かないと危ないんだけど。
 毎日毎日、時間が足りないと思いつつ生きてます。

 震災から8ヶ月、ようやく書店に並ぶ震災関連の本の中に、自分が読みたいと思っていたタイプの本がいくつか混じるようになってきました。
 写真メインの本は1冊、多くても2冊あればもう充分って気分だったので、アサヒグラフとか買って他には手を出さずに来ましたけど。
 ようやく、ようやくという感じで、その時どんな状況だったか、どこにいて何をしていたか、何をどう感じたか、その後どのような行動を取ったか、を記した本が平台に並ぶようになりましたね。
 待ってました。
 こういう本を待ってました。
 しかし。どれも1冊1400円前後で、それなりのページ数。
 予算には限りがあり、読む時間にも限りがある……。
 実は先月と先々月に買った雑誌のニュータイプAでさえ、まだ読んでない漫画や記事がいくつかあるんです。
 絵柄の好みとかその世界に入っていく事が出来るか否か、もあるでしょうが、一番の原因は「時間がない」でしょう。
 ともあれ、悩んで悩んで売り場をグルグルした果てに、1冊選んで買いました。
『河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙』です。
 震災翌日、周囲を水に囲まれた校舎の屋上にコピー紙を並べて作った「SOS」の文字。救助を求めて手を振る人々。
 それを見ながら何も出来ず、シャッターを切るしか出来ない自分に苦悩するカメラマン。
 1300人もの避難者がいたそこに、自衛隊の手でおにぎりが届けられたのは19日になってから。
 断水で水もなく、手持ちの僅かな食料も子供達に優先的に渡して、大人はスティックシュガーの砂糖を舐めて飢えをしのいで耐えていた、と言うのがなんとも……。
 景観が一変して、写真を撮影した場所がどこなのかも特定できなくて、助けが来たのが震災から8日過ぎてからだった(その間に何人も亡くなっている)という現実に打ちのめされる新聞社の人間。
 紙も足りない、インクも足りない、印刷に必要な水も足りない状況下で、停電の為テレビもラジオもインターネットも使えない人々が唯一情報を得る手段である新聞を発行し続けようと、ガソリン不足の中奔走する面々。
 家に帰れないまま新聞社で寝泊りして、携帯がつながらない家族や、「津波が!」と電話で叫んだ後どうなったかわからない配達店の人間を心配しながらの作業。
 ああ、この時こうだったんだ。こんな風に思っていたんだ、と思いながら読みました。
 で、改めて自分の机の上にあるデスクダイアリーをめくったら、7月や8月でも「地震・震度5」といった書き込みがやたらと多い事に絶句。
 何時何分かまで記入していましたよ。
 そういや3月11日のところには「地震・宮城震度7・3分間」と記してました。……計っていたんだな、あの時の自分。 
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